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柔軟化が引き起こす働き手の不安定さからも目をそらさず、そのための安全ネットを許す限り張り巡らそうとする意志の力がそこにある。
影響力の強い労組が、「目をそらさせない」ために一役買っている面もあるだろう。 そんな目からは、日本の現状は不可解に映る。
「欧州の派遣労働だって、いいことばかりじゃない。 でも、仕事を失ったら即ホームレス、なんてことはありえない」。
今回の取材で訪れたブリュッセルの欧州人材派遣事業者連盟のオフィスで、オランダ出身のAM会長とフランス出身のTd副会長は、しきりに首をかしげた。 日本の派遣社員が失業したとたん会社の寮から追い出され、ホームレスになるという報道を見た、という二人に次々と疑問をぶつけられ、その場は逆記者会見のようになった。
「こちらでは職を失ったら失業保険が出るし、これが終わっても仕事がみつからなかったら生活保護にあたる何かでカバーされる。 家がなくなったときは普通、政府が公的な住宅を提供する。
日本は、会社が家を提供しているんですね」と、二人はなおもけげんな顔だ。 やがて、Tdさんがポッリと言った。
「八○年代、日本企業の効率性、すばらしさについて、何度も聞かされてきた。 あれは、いったいどうなったんでしょう」。
Tdさんが言う八○年代までの日本企業の効率性は、男女分業を前提にはしていたものの、労働は働き手が安定した生活を送り、生存を確保していくために不可欠なものだという「現実」の直視に支えられていた。 手近にあるものはなんでも活用して食べていける仕組みを考案しようという「意志の力」はあった。
すなわち、男性を企業に抱え込み、女性はその配偶者として位置づけ、裁判でも離婚は極力認めないことで男性に「扶養」という形で女性を支えさせ、代わりに女性に家事や育児、介護を無償で担わせることで、一応の安全ネットを確保するというモデルである。 こうしたモデルは、性差別的として、働き手の支持を得にくくなっているうえ、少子高齢化とグローバル化による変動の中で、すでに日欧ともに通用しなくなっている。

ブリュッセルのEU本部で取材したGp雇用国際問題担当部長は、「正社員と非正社員の間の壁は日欧共通の課題だ。 少子化で、性別や雇用形態にかかわらず、だれもが意欲的に働ける社会が必要になっている今、この壁を低くすることは不可欠」と述べる。
そして、「正社員も含めて大量の失業者が生まれ、働き手の安心を改めて問い直さざるをえなくさせた今回の金融危機は、こうした新しい仕組みをつくっていくためのチャンスをくれた」とも付け加える。 だが、日本での非正社員の急増と雇用の質の極端な悪化は、こうした「人間の現実」が無視され続ける中で急速に進んだ。
一九九七年、派遣労働の原則自由化と労働者の保護の両方を盛り込んだILO一八一号条約が採択され、欧州では派遣の均等待遇を促す役割を果たした。 日本でもこの条約の批准を理由に九九年、派遣労働が原則自由化され、○四年に製造業派遣が解禁されたが、自由化によって生まれる多数の派遣労働者の安全ネット問題は、議論の焦点にならずに素通りされた。
製造業派遣解禁の是非が話し合われた。 ○二年の厚生労働省労働政策審議会の議事録を見ると、労働側は「均等待遇や安全ネットなしでは危ない」と繰り返し、製造業の派遣の解禁に反対している。
だが経営側は「走り出してみて問題が起きれば対策をとればいい」と、押し切った。 ある公益側委員は、「製造業派遣の前からあった劣悪な請負労働を、労働者派遣法に繰り込むことで縛るというメリットはあると考えていた。
そのためには製造業派遣を認め、安全ネットをしっかりつくることが必要だったが、当時は規制改革会議の、まず規制緩和ありきの結論が先にあり、安全ネットについては実現しなかった」と振り返る。 経営側が安全ネットの充実を素通りした理由として、NkRのKh常務理事は、「失業率が急速に悪化していた○二年当時は、多様な就業形態を増やして働く機会を増やすことこそが安全ネットだった」と語る。
また、働き手を正社員と非正社員に分ける活用法を唱え、雇用流動化の原点となったといわれる九五年の「新時代の「日本的経営上の策定にもかかわったKT・東京経営者協会専務理事は、「非正社員は女性や若者の働き方だから夫や親が安全ネットという面があったし、それ以上に、仕事がなくなれば別の非正社員の仕事に移ればいいという感じだった」と話す。 男性の完全雇用を前提とした「家族による安全ネット」論から抜け出せなかったために、一人では食べていけないような劣悪な非正社員雇用の質の改善は焦点にならなかった。

つまり、日本のパートやアルバイトの労働条件の劣悪さは、終身雇用の夫や親に頼ればいい、との前提あってのものだった。 しかし経営側は、夫や親の雇用そのものが不安定になるグローバル化の時代に、「安くて便利だから」と非正社員の労働条件をすえおき、グローバル化対策に活用した。
さらに、税負担を嫌って、高度経済成長期以来の「雇用創出による救済」に固執したが、増えた雇用は、働いても食べていけない非正社員ばかりだった。 日本はすでに、八○年代末から少子高齢社会に突入し始めていた。
欧州では、グローバル化による世帯主男性を含めた雇用の不安定化が、とうに始まり、これに対応した安全ネットの模索が進んでいた。 少子社会は、だれもが意欲的に労働参加することが必要だから、性別や正社員・非正社員にかかわりなく、納得して働ける仕組みが大切だ。
グローバル化では、男性でさえも完全雇用は危うくなるから、男性の世帯主依存の仕組みを切り替える必要がある。 だが、こうした変化に不可欠な均等待遇や安全ネットの張り替えは、日本では、いいとこ取りのつぎはぎ政策の中で先送りされ続けた。
これが、最初の間違いとなった。 均等待遇を確立できなかったことによる非正社員の賃金の値崩れで、ワーキングプア化は進んだ。
非正社員の増加によって、安全ネットがゼロの非正社員同士のカップルも増えた。 増えた非正社員の労務管理に追われて、ぎりぎりまで減らされた正社員は走り回り、正社員の過労死も増えていった。
こうした歪みに直面した政策決定者にとって「助け舟」となったのが、「規制を緩和して市場に任せれば、おのずから人材は適正配分される」といった市場主義的な主張だった。 「市場に任せる」という土俵の中では、「適正配分」を、だれが、どのようにして実現するかの議論は決して煮つまらない。

なぜなら、その主語は「市場」という主体のはっきりしないものであり、うまくいかなかった場合の責任の所在さえもはっきりしないからだ。 「市場主義」はその意味で、政策の責任の放棄を許す要素を色濃く持ち、「人間は働いて食べて生きていくもの」という現実から目をそらすことを容易にした。
だからこそ、政策決定者にとって魅力的だったといえるかもしれない。 これが、二つ目の間違いとなった。
責めても手ごたえがない「市場」以外に責任者がいなくなった社会で、働き手は、必要なものである。 疲れ果てた働き手は、新しいことに取り組む意欲も失い、この時期に生まれた新規産業は、増えた貧困者を対象にした消費者金融業や日雇い派遣業など「貧困ビジネス」と呼ばれるものばかりだった。

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